PROJECT INTERVIEW vol.4【ステーションピアノプロジェクト】
通勤で通った時、乗り換えした時、もしも日常の中に当たり前のように音楽があったなら、どんな1日になるでしょう。日常に根付く音楽をきっかけにして、行き交う都市に住まう人々の間柄にさりげなく笑顔が生まれ、ゆるくつながる。そんな日常がいつか、この都市にそしてこの国のいたるところに生まれたら、きっと毎日はもっと豊かで喜び溢れるものになる。「日常に音楽を、駅にピアノを」、まっすぐな思いとずば抜けた行動力で音楽のある日常の実現に向けて邁進する、田中絹子さんに話を伺いました。
- 現在、駅に音楽を届ける様々なプロジェクトで活躍している絹子さん。今の活動を考えることになったきっかけを教えてください。
最初は、自分がやりたいことが「音楽」であることは、実はそんなに感じていませんでした。
私は友人の紹介でチームファンタジスタに入りました。入ってみてびっくりしたのは、本当に、ファンタジスタのメンバーが皆会社の枠を超えてどんどん面白い活動をしていること!どの企画も好きで、積極的に参加はしていたけど、自分が「企画したい」というものとはちょっと違ったんです。周りのみんなも成果をだしていて凄いなあと思っていたし、自分でこれをやりますってことがあったらいいな、と思っていました。
入社前から、「駅」は、公共の建物の中で最も多くの人、幅広い世代に寄り添い、可能性がある空間だと感じていて。駅は、人がどこかへ出かけようとする時通る場所で、そんな人々の日常に最も近い場所だからできることって何かあるはずと思っていました。
もともと、映像や動画で、海外の駅に当たり前のように置いてあるピアノの風景を見ていたんです。多様な人が行き交う空間に、自然にピアノがなじみ、その場にある。そこで私が思ったのは、数え切れない人が行き交う中、たとえば、会話するほどに仲良くなることは必要ないかもしれないけど、ただ目が合って笑ったり、ちょっと心がほっこり和んだり、そんな空気になることって、とても幸せな日常なんじゃないかと。そして、映像で見たピアノのように「音楽」を通じて、それを実現できるんじゃないかと、漠然と思いはじめました。
今まで、もやっと思っていたことが、映像を見たり、いろんな人の話を聞いたりして、徐々に「これなのかも」とパズルのピースのようにつながっていったんです。
- やりたいことを実現するために、はじめた第一歩を教えてください。
最初は「音楽」「街づくり」そんなキーワードでググってましたね(笑)。特に自分の中では、海外の駅にあるピアノの風景がとても印象に残っていたせいか、ピアノを置きたいという気持ちが強くて、それを真剣に実現するとなると、どうしたらいいかなあって考えてました。
そんな時、「渋谷ズンチャカ」という企画を見つけました。
渋谷ズンチャカとは、2014年から始まった毎年9月の最初の日曜日に1日限りの渋谷エリアのまち全体が舞台になる「みんなでつくるまちの音楽フェス」。まちのいたるところで音楽が聞こえ、奏者と聞き手の境界もゆるやかに、参加者も歌ったり奏でたり、とっても自由で魅力的な音楽のお祭りです。
早速それに関わりたいと思った私は、2016年7月ごろイベント運営のスタッフに申し込みました。「渋谷ズンチャカ」のイベントをサポートするメンバーは、関わりの度合いを選べるんです。それが「がっつりズ」と「まったりズ」という、何ともキャッチーな仕組み。事前の企画ミーティングから運営全体を考え”がっつり”入るパターンや、当日だけ”まったり”手伝うなど、それぞれの参加者の気持ちに合わせた参加方法があります。初年度は、「まったりズ」として、当日のイベント運営を手伝いました。翌年の2017年度は、企画に魅せられ「がっつりズ」として、ふと気づくと本業に劣らない情熱で企画のコアメンバーとしてがっつり入り込んでました(笑)。
- 「渋谷ズンチャカ」で印象的だったことはなんですか?
最初に参加したイベントの当日、手伝っていた「はらかなこ」さんの演奏です。
宇田川交番前に突如現れたグランドピアノの演奏が始まると、いろんな人が不意に足を止めて、そんな音楽の紡ぐワンシーンを目の前で見た時に、「これはなんて素敵な瞬間なんだろう」と感じ、駅にピアノを置きたいという気持ちが高まりました。なんとなく家に帰って、企画を考えてみると、びっくりするぐらい企画書がスムーズに作れて。やりたいことが自分の中でハマったなあと感じた瞬間でした。
「渋谷ズンチャカ」は私にとって、チームファンタジスタ以外での初めての社外活動でした。メンバーは学生も社会人もいましたが、特に同世代のメンバーが企画を仕切っていて、メンバーみんなが仕事をしながらも情熱を注ぎ、バイタリティを持って活動している姿に驚いたんです。この団体では、今まで自分が出会ったことがないような人の話もたくさん聞けて、自分では思いつかなかったような考えをする人も多くて、すごく勉強になりましたし、刺激を沢山もらいました。
- 好きなことを組織にとらわれずに叶えていく行動力が光る絹子さん。本業では、どのように企画を実現していったのですか?
チャンスはその後、やってきました。東京駅の音楽イベントの開催と、新宿駅の「ステーションピアノ」の設置です。
一つ目の東京駅のイベント開催。それは、自分の会社で担当している東京駅丸の内地下の開業記念イベントを企画する話があって、そこに音楽の企画を盛り込みたいと発案しました。東京駅の動輪広場という駅空間で、丸の内のエリアのイメージに合う音楽を提供したいと思ったんです。
実現したイベントは多くの方に参加いただきとても良かったのですが、実際に企画してみて強く感じたのは、1日の音楽イベントをやっても「この日、この時間にやります」というかたちなので、出会う人が限られてしまうことが悔しくて。聴くことができた人の日常は音楽に彩られる。けれど、他の人は出会えない。感動を与えるミニコンサートのような形式も素晴らしいけど、現実的に大掛かりな機材や奏者の手配から、あくまで特別なもので日常的には続かない仕組みになってるんですよね。そこで「今の当たり前の音楽イベントの形を変えたい」そう思いました。
- 新宿駅の”ステーションピアノ”はどうやって実現に至ったのですか?
新宿駅のピアノ設置は、新宿駅のSuicaのペンギン広場での夏の企画で実現するチャンスを得ました。ちょうど、大手ビール会社のビアガーデンが限定で設置されるタイミング。何か、お客さまに喜んでもらえる企画はないか?と担当の部署が探していました。
自分自身は「渋谷ズンチャカ」でYAMAHAさんと活動を一緒にしていたので、このチャンスを逃すまいと、会社の担当者にもYAMAHAの方にも話を持ち掛け、協力をいただき、新宿駅にピアノを設置する話が進みました。せっかく置くのであれば、アーティストがペイントしたカラフルでポップなピアノをと、YAMAHAさんからのご提案もあり、より魅力的なピアノが誕生しました。渋谷ズンチャカで出会ったご縁で企画も実現し、本当に人の輪に飛び込んでみることってすごく大事なんだな、と実感したんです。
設置されたステーションピアノの横で、様々な人がピアノに接する光景をずっと眺めていました。びっくりしたのが、ピアノが空く時間がほとんどないこと!次から次に途切れることなくみんな弾き始めます。しかも、みんなめちゃくちゃ、上手いんです!(笑)弾く方が上手すぎるので、ちょっとハードルを下げようと、私が猫踏んじゃったとか弾くんですけど、それでも次に弾く人も、劇的に上手くて(笑)。
実際に設置してみると、様々な感動する場面に出会いました。例えば、全く知らない二人の男性。一人がピアノを弾く。また次に、もう一人の男性が同じ曲の異なるアレンジの演奏を披露する。その演奏を聴いたひとりは、違う曲でまた挑む。そんな赤の他人同士のセッションが、自然と生まれてくるんです。間近で見ながら、音楽が生み出すコミュニケーション、日常に生まれるドラマを見たような気がしました。
- ピアノが繋げて起こった素晴らしい出来事ですね。絹子さんの、これからの目標を教えてください。
駅の音楽のあり方を次のステップに進ませたい、そう思います。実際に、新宿のステーションピアノは、3日間という限られた期間でしたが、Twitterで「ほかの駅にも置いてほしい」「3日間といわずにもっと置いてほしい」など沢山のコメントが寄せられました。Twitterだけでも合計900件のツイート記録があり、ソーシャルリーチとしては、約15万件という結果をみて、このプロジェクトをこれからも続けていきたいと確信に変わりました。
イベントとしてアーティストを呼ぶ、ではなくて、まるで「渋谷ズンチャカ」の駅バージョンのような、駅を日常的に往来して使っているような人に、演奏の場として使ってもらえるような場を作りたいなと思います。最低限のルールとともに、駅とお客さまが良い関係で音楽を楽しむ仕掛けができたらいいなあと思っています。
いずれ、日常的に使う駅の中で、自ら素敵な演奏をする「ステーションアーティスト」のような、そんな存在のある駅が増えていったら、すごく素敵な日常だと思います。
- 最後に、絹子さんにとって、音楽の魅力とは何か、教えてください。
ただただ、音楽を聴くのが好きなんです。そしてその音楽を聴いて、楽しそうに人々が笑っている瞬間を見るのがすごく好きなんです。
渋谷ズンチャカでも「no border」という言葉がよく出てくるのですが、音楽は言葉もいらず、その音楽が良ければそこにいる全員が楽しめる。そんなツールって、音楽以外になかなかないと思うんです。
私は自分が演奏するタイプでもないですが、音楽があるだけで「楽しい」という純粋な気持ちが生まれることがあって、その空気がとても好きだからこそ、そんな時間が日常の中に少しでも生まれたら、いつもの通り道が少しだけ彩られるだけで、日常って変わるのでは、そんな思いで今も活動しています。
田中 絹子(Kinuko Tanaka)
東日本旅客鉄道(株)勤務。本業では東京駅を含む主要駅を担当しながら、都心のホテル開発にも携わる。渋谷ズンチャカには2016年から運営スタッフとして関わり、現在は中核メンバーの一員としてプロジェクト全体の管理や企画に取り組む。食べることも、お酒を飲むことも大好きで、いつでもポジティブに明るくその場を盛り上げる、チームファンタジスタのムードメーカー的存在。
取材・文 / 大久保 真衣
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